「島皮質」と「安心感覚」──身体感覚から心を整えるアプローチ

「安心感覚と脳の予測性」
私たちの脳は、外の世界と自分の身体の状態を常に統合しながら、「これからどうなるか?」を予測しつつ行動しています。
この“予測システム”の中核を担っているのが、脳の深部にある**島皮質(とうひしつ)**です。島皮質は、味覚・嗅覚・触覚・視覚・聴覚・内臓感覚・固有感覚といった多様な情報を統合し、現在の身体状態を認識しながら未来の安全性を見積もる、いわば“心と身体の交差点”とも言える場所です。
皮膚にある感覚センサー(機械受容器、温度受容器、侵害受容器など)にやさしく働きかけることで、島皮質に「安心感覚」を届ける効果が期待できると考えられています。
たとえば、軽い刺激による“触れる”“揺らす”“押す”といった手技、あるいはお灸による温熱刺激や鍼による微細な刺激は、それぞれ異なるセンサーを通じて、脳の安心予測システムを活性化させる可能性があります。特に頭皮や顔面への鍼施術では、「安心・安全」といった感覚を誘発しやすい領域であることが知られています(Wu et al., Frontiers in Human Neuroscience, 2021)。
さらに、心地よい音や香り、落ち着いた照明、清潔感のある空間(場所や人からの安心感)といった視覚・嗅覚・聴覚の刺激も組み合わせることで、五感を通した“安心できる場所”としての環境が整い、心身の調整力がより働きやすくなることが期待されます。
島皮質はこれらの複数感覚の統合にも関与しており、脳全体の情動や自律神経の調整にもつながるとされています(Craig, 2009)。
このように、鍼灸を通じて感覚センサーに丁寧にアプローチすることは、過剰な警戒モードにある心身を穏やかに導き、自分の感覚にやさしく気づける状態を育むサポートになるかもしれません。特に、慢性的なストレスや不安、緊張感が強い方にとっては、未来への不安を和らげ、心理的柔軟性やストレス耐性の面で前向きな変化が期待される方法のひとつと考えられます。
- Craig AD. (2009). How do you feel—now? The anterior insula and human awareness. Nature Reviews Neuroscience.
- Wu Q, et al. (2021). Acupuncture modulates functional connectivity of the anterior insula in generalized anxiety disorder. Frontiers in Human Neuroscience.